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岡山地方裁判所 平成5年(行ウ)22号 判決

原告

株式会社岡山クリーンサービス

右代表者代表取締役

高原幸一

右訴訟代理人弁護士

羽原真二

谷川勝幸

被告

岡山県知事 長野士郎

右訴訟代理人弁護士

甲元恒也

塚本義政

右訴訟復代理人弁護士

佐藤洋子

右指定代理人

三宅昇

駒井俊彦

吉原〓

初岡良信

東本通武

後藤利夫

花岡勇

被告

吉井町長 森広五男

右訴訟代理人弁護士

近藤弦之介

藤原健補

奥田哲也

大枝孝之

"

理由

一  本案前

1  訴えの利益(被告町長関係)

〔証拠略〕によれば、吉井町土地保全条例(昭和四八年八月一〇日条例第二二号)四条一項には、町内において開発事業を実施しようとする者は、原則としてあらかじめ町長に当該事業の目的、規模等を届け出るとともに、町長と協議しなければならない旨の規定があるが、同条例は平成五年九月二八日条例第一六号の改正により、同条三項が付加され、同項には、開発事業が法律又は岡山県県土保全条例の適用を受け、事業主が町を経由して国又は県へ許認可の申請をする場合は、例外的に町長の判断で同条一項を適用しないことができる旨の規定があること、原告名義でなされた本件届出等にかかる開発事業については、岡山県県土保全条例の適用は除外されるが、森林法一〇条の二が適用され、同法条により県知事の許可を要し、その際関係市町村長の意見を聴かなければならない(岡山県では昭和四九年農林部長からの各市町村宛通知文により、開発事業の許可申請書は市町村を経由して地方振興局長に提出する取扱いとなっている)ことが認められる。

右認定事実によれば、本件届出等にかかる開発事業は、森林法の適用を受け、事業主は吉井町を経由して被告知事に許可の申請をすることになるから、改正後の吉井町土地保全条例四条三項に該当し、被告町長は、裁量により本件届出等の受理をしないことができるものであるところ、同被告の本訴における本案前の答弁からすると、同被告の右受理拒否の姿勢は明らかである。

したがって、本件届出等の受理拒否処分を取り消しても、回復すべき法律上の利益は条例の改正により消滅しており、原告の被告町長に対する本件訴えの利益は失われたものというべきである。

2  処分性(被告知事関係)

〔証拠略〕によれば、被告知事は、岡山県事務処理規則八条三項により廃棄物処理法一五条一項の許可について環境保健所長に事務を委任しているが、原告名義でなされた本件許可申請については、岡山県東備環境保健所長がその受理を拒否したことが認められる。

ところで、取消訴訟の対象となる行政庁の処分とは、行政庁がその優越的な地位に基づく公権力の発動行為のうち、直接私人の権利義務を形成し又はその範囲を確定するなど私人の権利又は法律上の利益に影響を及ぼすことが法律上認められているものと解すべきであるが、廃棄物処理法上、産業廃棄物処理施設を適法に設置するためには県知事の許可が必要不可欠であり、同法一五条一項に基づく許可申請をした者は当該申請を法令に定める正当な手続によって判断されることを請求する行政手続上の権利を有するから、行政庁が申請に対し、許否の決定を拒否して申請書を返戻することは、申請者の行政手続上の権利乃至法律上の地位に変動を及ぼす行為であるから、実質的には取消訴訟の対象となる申請却下処分に等しいものというべきである。

したがって、本件許可申請の受理拒否は、実質的には本件申請を積極的に排斥する意思表示に他ならず、申請者の法的な地位に影響を及ぼす行政処分としての性質を有するものというべきである。

二  本案(被告知事関係)

1  当事者

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  被告知事の受理拒否処分

前記一2掲記の証拠並びに弁論の全趣旨によれば、請求原因2の事実が認められる。

3  処分の適否

〈1〉  経緯

〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

岡山県赤磐郡吉井町平山地区内に産業廃棄物処理場を設置する件については、平成元年一〇月頃から、株式会社平成設計、戸川典昭及び戸川英雄(以下「平成設計ら」という)が関与するようになり、平成設計らは、同町を管轄する岡山県東備環境保健所に対し、当初は産業廃棄物処理場設置の主体が株式会社アセス又は株式会社岡山アセスであり、その代理人として活動している旨言明し、地元住民との交渉等をおこなっていたが、その後、平成設計らと株式会社アセスらとの関係が悪化し、平成四年一〇月頃には委任関係は消滅した模様であるが、平成設計らは、この点を右保健所側に告げることなく、ある時は地元地権者の代表者と称し、ある時は原告(設立は平成三年一〇月)の代理人と称するなどして、活動を継続し、委任者相互の利害の相反について格別顧慮することもなく、自らの立場について、右保健所側に何らの弁明もしなかったこと、一方、株式会社サンヨージャイアント及び日本ビルプロジェクト株式会社も、右保健所側に対して吉井町平山地区内での産業廃棄物処理場設置計画を表明していたが、右各会社と株式会社アセス及び平成設計らとの間で疑心暗鬼の関係も生じ、右各者間に右設置計画について交渉が持たれ、その主体が株式会社サンヨージャイアント乃至平成設計らとなる可能性があるなどの情報もあり、他方、いくつかの業者を巻き込んだ紛争も生じ、右保健所側では、事態の推移を把握しかねていたこと、原告は、右保健所に職員を派遣するようなことはほとんどなく、いつの頃からか平成設計らが原告の代理人として行動し、右保健所側では原告の実体を掌握しかねていたこと、その後も、平成設計らは、産業廃棄物処理施設設置に関していわゆる競願関係にある利害の相反する業者の間を渡り歩くかのように種々の紛議訴訟等も起こしながら、右保健所側に対しては委任者の交替や利益相反性等について何等弁明することもなかったため、右保健所側では不信と警戒感を抱いていたこと、設置計画の内容についても、平成五年四月頃に示された最終案は従前の計画案とは大幅に異なり、例えば、従前の面積が九〇〇平方メートル程度にすぎなかったのに二万平方メートル余りに拡大し、管理型であったものが安定型に変更され、放流先や方法も全面的に変更になるなど、計画としての同一性すら疑わしいもので、右保健所側としては、突如新規に検討を要すべき計画案が出現したとの印象が強く、そのうえ、平成設計らは、計画について地元吉井町平山地区の住民代表の同意を獲得したとして、被告町長との事前の調整を十分にしようともせず、また、右保健所側の指導にも従おうとしない一方で、業界等に本件許可申請が当然許可になるとの趣旨の文書を広く頒布し、多額の資金集めを企図し、許可のあかつきにはその地位の売却を計画しているかのような疑いも懐かせるような行動も見られたことから、右保健所側では、更に警戒感を深めていたこと、そのようなときに、戸川典昭を代理人とする原告名義の本件許可申請がなされたが、従前の経過から原告の施設設置主体としての実体に疑問を持ち、あわせて、事前協議も欠き、申請書の内容や添付図書等に不備瑕疵があることは従前の経緯から明らかに予想されたことから、受理に値しないとして、その受理を拒否したこと、本訴係属後の被告知事側における検討によっても、右申請の内容は、形式的要件等を含めて不備瑕疵が多く、実質的にも行政指導に沿わず、事前協議等を欠き、環境保全要件を充たさないなど、許可し得るものではないと判断されたこと、以上のとおり認められる。

〈2〉  適法性

通常、許可申請者が、行政庁に対し、その行政指導に対する見解の相違等から、これに応じられない旨の意思を真摯かつ明確に表明し、当該申請に対して直ちにこれを受理して応答すべきことを求めた場合には、行政庁は、右受理の上応答すべきであり、右受理を留保又は拒否することは許されないものというべきである。しかし、例外として、許可申請者の行政指導に対する不協力について、社会通念上正義の観念に反し又は公共の利益を著しく損なうような特段の事情がある場合には、申請の受理を留保し又は拒否することも許されるものというべきである。

ところで、廃棄物処理法が、産業廃棄物処理施設を設置しようとする者に設置予定地を管轄する都道府県知事の許可を受けることを要求しているのは、産業廃棄物の処理について責任の所在を明確にした上で、右施設に対して設けた技術基準に適合しているか否かを事前に調査して、適切な処置を講ずることを命ずることができるようにし、廃棄物の適正な処理の確保および施設周辺の汚染未然防止を実質的に図るためであるが、被告知事は、本件許可申請に対しても、右同様の職責を負うべきものである。

そこで、検討するに、前項認定の事実経緯それ自体からすると、右職責を負うべき被告知事が、本件許可申請について、重要な公共的利害にかかわり責任を負うべき施設の設置主体の表示の真実性を疑い、申請を巡るその代理人の競願や利害相反等の問題行動、事前協議や行政指導を無視するかのような態度等から、真摯に許可取得の意思があるのかどうか、右許可申請が何らかの別の私利追求目的で行われているのではないかとの疑いを抱き、受理すれば、そのこと自体が宣伝の材料となって徒に業界等に混乱を招き、社会公共の利益を害し、正義に反するなどと判断したとしても、無理からぬところがあるものというべきである。特に、被告らに格別無理な行政指導があった形跡もないのに、原告が事前協議を十分にしないほか、行政指導に従う姿勢を見せず、そのままでは到底許可を得られるような情勢ではないのに、当面の受理のみを求める態度は、真実産業廃棄物処理施設を設置しようとしている者の姿勢としては通常の理解を超えている。

したがって、原告の本件許可申請は、通常の事例のように許可申請者が行政庁の行政指導に対する見解の相違等からこれ以上行政指導に従えないとして真摯かつ明確に行政庁の許否の応答を求めている場合とは、性質を異にしているものというほかなく、また、社会通念上正義の観念に反し又は公共の利益を著しく害するような特段の事情の存在も推認されるから、本件許可申請の受理許否は、公益上やむを得なかったものというべきであり、違法とはいえない(本件後公布施行された行政手続法三三条、六条、七条の法意に照らしても、同様である)。

なお、原告は、抗弁に対する認否のとおり、廃棄物処理法一五条が産業廃棄物処理施設設置申請の実質的主体の明確化やその技術的能力を要求していないなどと主張するようであるが、同法の趣旨や右施設の公共的性質及び周辺環境に対する影響等に照らすと、右は独自の見解であって到底採用できない。また、原告は、本件許可申請にかかる産業廃棄物処理施設の設置については地元平山地区住民の同意が得られている点を強調するかのようであるが、産業廃棄物処理施設設置の問題は、ひとり設置予定場所と同一字名に居住する住民のみの問題ではなく、広く近隣住民及び地方公共団体全体の公共の利益にかかわるものであるから、平山地区住民の同意があることがすべてに優先するわけのものでもなく、採用の限りではない。

三  結論

以上によれば、原告の被告町長に対する訴えは不適法であるから却下し、被告知事に対する請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢延正平 裁判官 白井俊美 藤原道子)

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